美坂栞

シナリオ評価9 / キャラ評価10

一言総評:おそらく、このゲーム唯一の「文学的に価値ある」シナリオ


 もちろん、文学的に価値あることが全てではありませんが、『MOON.』『ONE』がそこらの文学作品よりずっと文学的であった以上、文学的であるか否かは評価基準の一つであります。

 このシナリオも、真琴に負けず劣らず辻褄という言葉から見放されています。一番おかしいのはここでしょう、自力で動けないような病人を雪の中に横たえておいて、一週間したら無事に再会する。
 ええ、もちろん、あの場面では「きれいであること」を優先するべきです。あそこまで気分が盛り上がって「さよなら」を言った後に、主人公が栞を家まで送って帰る。……物語としてどうなのよ、それは。でもまさかこの場で本当に死体にするわけにもいかないし(笑)

 だけど、真琴シナリオと違って伏線はちゃんとした張り方をしています。
 香里が「奇跡」という言葉に嫌悪感を示したこと、栞がひたすらアイスを食べたがったこと、そしてなにより出会いのシーン、地面に散らばったお菓子に混じってちゃんとカッターがあったこと。
 この、カッターを買った時にお菓子を大量に買い込んだこと。これは、考えてみればものすごく秀逸なエピソードに思います。つまり、栞はカッターだけを買えばよかったのに、なぜあんなにたくさんのお菓子も一緒に買ったのか。
 答はこうです、怪しまれないために。……誰が怪しむ? いいえ、誰も怪しみません。ですが栞はこの時、カッターを自殺の道具としてしか認識していなかったはずです。
 カッターだけを買っていって、店の人は不審に思わないだろうか、不審に思われたらどうしよう、これ使って自殺するつもりだと気づかれたらどうしよう。そうだ、他に色々なものを買っていけば、一つぐらい変なのが混じっていても気にしないだろう。
 もちろんそれは自意識過剰が過ぎるというものですが、「気づかれたらどうしよう」ということを強く気にするということは、裏返せば「気づいて欲しい」と思っていることに他なりません。そう、つまりこの時点で栞は、出来ることなら誰かに自分の自殺を止めて欲しかったのです。つまり「本当は死にたくない」。

 このシナリオは、「奇跡」というキーワードを中心に構成されています。そして奇跡が起こったとすれば、それは病気が治ったことじゃない。あの場で主人公とあゆに出会えたこと、そして「死にたくない」と思えたこと。
 死んでも仕方ないと思っている人と、死にたくないと強く思ってる人、どちらが病気を克服できると思いますか?
 そう、このシナリオは、栞が「死にたくない」と素直に言えるまでの話なのです。

 ただ。ただ……ただ、これだけは言わせて欲しい。香里との話をもうちょっと掘り下げて欲しかった次第。「昨夜はお姉ちゃんとも久しぶりに話をした」の一言だけじゃあまりにも淡泊でしょう?
 あんまり深くそれをすると、MOON.の「お姉ちゃんのこと、もう一度お姉ちゃんって呼びたい」と重なってしまいますが。


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